広島高等裁判所 昭和30年(う)267号 判決 1955年10月03日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役壱年及び罰金弐万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金弐百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審並に当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人謝花寛済の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
論旨第二点(事実誤認)について
論旨は原判決が被告人において本件砲金を、それが盗品であることの情を知つて買受けたものであると認定したのは、事実誤認であるというのである。しかし原判決挙示の各証拠を綜合すれば判示知情の点を認定するに十分である。尚記録並に当審における事実調の結果に徴しても原審の事実認定に誤があるとは認められない。論旨は採用できない。
論旨第一点(憲法違反)について
所論は要するに、本件は被告人の逮捕、勾留以来控訴審における第一回公判期日まで約五年の長日月を経過している。かくの如きは憲法第三七条第一項に定める、被告人が迅速な公開裁判を受ける権利の保障を奪うものであつて、本件は公訴棄却の裁判あつて然るべきであると主張するにある。
よつて記録を検討してみるに、被告人は、同人が昭和二五年一一月二八日、宇部市西岐波区浜中の自宅において橋本勇夫外二名から、同人等が窃取した砲金約一〇〇貫を、それが盗品であることの情を知りながら代金一八、〇〇〇円で買受けたものである(外に窃盗幇助一件を含む)との被疑事実により昭和二六年二月一四日逮捕され、引続き同月一七日勾留状の執行を受け、次で同年二月二六日右賍物故買事実により宇部簡易裁判所に公訴を提起された。そして同裁判所は同年三月一〇日第一回の公判を開廷し、その後二回に亘つて審理をした上、同年三月二九日被告人に対し有罪の言渡をした。これに対し被告人から即日控訴の申立をなしたに拘らず、原審裁判所は昭和三〇年五月一〇日に至つて漸く本件訴訟記録を控訴裁判所である広島高等裁判所に送付し、同裁判所は同月一二日右記録の受理をしていることが認められる。
従つて本件は被疑者の逮捕後、公訴の提起、その後の審理自体については比較的順調に進行していると認められるけれども、第一審判決言渡後、控訴審に訴訟記録を送付するまでの間において約四年一月を費していることが明かである。そして当審において取調をした結果によれば、右の如く第一審判決言渡後、記録送付までに長期間を費したのは、畢竟原審担当裁判官において判決言渡後、該記録を自ら保管し、昭和三〇年四月二〇日頃に至つて漸く右記録と共に判決原本を書記官に交付したことに因るものであることが認められ、而もその間、同裁判官において病気等やむを得ない事由により長期間に亘つて裁判事務を採り得なかつた事情を首肯するに足る資料はない。勿論裁判が訊速に行われたか否かは、その事案の性質、内容、その他諸般の事情を十分検討してこれを決すべきであるが、本件についてはその事案の性質、内容、その他記録に現われた審理の経過等を考慮するときは、遺憾ながら本件の裁判はその全体を通じ迅速の要請に背き憲法第三七条第一項の趣旨に反する結果となつたものと断ぜざるを得ない。論旨はかかる場合裁判所は公訴棄却の判決をなすべきであると主張する。しかし刑事訴訟法上、公訴棄却の裁判は、公訴提起に関する手続違反その他形式的訴訟条件を欠くことを理由に公訴を不適法とする形式的裁判であるところ、記録上本件公訴提起の段階において、本件の審判を遅延せしめる原因となるべき何等の瑕疵もなく、又訴訟条件を欠く事由も存しないのみならずかかる場合公訴を棄却すべしとの特別の規定は存しないから所論は採用できない。
更にかかる経過による裁判の遅延が結局原判決の違法に帰するとの見解をとるとすれば原判決を破棄しこれを差戻すの外なく、そうすれば裁判の進行は一層阻害され、憲法の保障はいよいよ裏切られる矛盾を生ずる結果となるので、たとえ裁判が迅速を欠き憲法第三七条第一項に違反する場合でも原判決破棄の理由とはならないといわねばならぬ。(最高裁判所昭和二三年(れ)第一〇七一号、同年一二月二二日大法廷判決参照)論旨は理由がない。
論旨第四点(訴訟手続違反)について
本件において被告人の控訴申立後第一審裁判所が訴訟記録を控訴裁判所に送付するまでに約四年を要していることは、先に説示したとおりである。しかし刑事訴訟規則第二三五条の違反が直ちに判決に影響を及ぼす訴訟手続違反となるとは解し得ないのみならず、右は第一審判決言渡後の事由に属するので、これを以て原判決破棄の理由とはならないのは勿論、公訴棄却の事由ともなり得ない。論旨は理由がない。
論旨第三点(量刑不当)について
所論に基き記録を検討するに、本件犯行の態様、被告人の前歴等を考慮すれば、被告人の刑責の軽くないこと論を俟たないところであるけれども、本件裁判が遅延したため被告人が一審の判決後その確定前に別罪の確定判決を受けた事実その他各般の事情を勘案するときは原判決の刑は重きに失すると認められる論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に当裁判所において判決をする。罪となるべき事実、累犯となるべき前科関係並にこれを認める証拠の標目は原判決摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
法律に照すと被告人の判示所為は刑法第二五六条第二項、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、被告人は昭和二七年七月三〇日山口簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月に処せられ、該判決は昭和二八年七月三一日確定したので、本件の罪は右確定判決を受けた罪と刑法第四五条後段の関係にあるので、同法第五〇条により更に本件の罪について処断すべきであるが被告人には前記の如く累犯となるべき前科があるので、同法第五六条第一項第五七条に則り懲役刑について再犯の加重をなし、その刑期並に罰金額の範囲内において被告人を懲役一年及び罰金二万円に処し、尚罰金不完納の場合における労役場留置につき同法第一八条第一項を、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を夫々適用し主文のとおり判決する。
(裁判長判事 伏見正保 判事 村木友市 石見勝四)